展開されたワンルームまたは半重力的建築 / 中野の住宅:佐藤光彦

 

今回選んだ「中野の住宅」は、佐藤光彦さんの作品である。近作訪問はタイミングによって取材できないことがあるのだが、彼の作品はよく登場する。ある突き詰められた論理的な空間の力が感じられるからだろう。実際、彼のこだわりは他の建築家とまるで違うところに置かれているような気さえすることがある。1年前に「門前仲町の住宅」を訪問し、そこに見られる「建築の建ち方と建築家の立ち方」について文章を書いた。今回の「中野の住宅」においても、その建築の突き放し方は変わっていない。まるで小さなオフィスビルのように、実にそっけない佇まいで建っている。しかし、その内部空間の仕掛けには誌面では伝わらない空間的魅力の匂いがしたし、「ワンルームを折りたたんだ」と彼が表現した設計プロセスに対する興味もあった。

敷地は中野駅から徒歩でいける距離にある。大きな敷地が分割分譲された、いわば東京の典型的狭小敷地である。まず、地下階にある賃貸スペースへ。ドアを開けるなり始まる階段を下りると、天井高3.5mのドカンとした空間の中に水回りのボックスが置いてある。その上部がロフト状の寝室。一人暮らしには効率の良いプランだ。仕上げはコンクリートにわざとモルタルが薄く塗られている。地下空間ではあるが、十分に明るく、台所上部の窓から1階の庭に出て洗濯物を干せるように工夫されているところが面白い。

いったん外に出て、側面の外部階段を上って住宅の玄関へ。このあたりはいつもの佐藤さんパターンである。ドアをあけるとすぐ台所。玄関が狭いというかほとんどないので、目隠し用にカーテンが設けられているのが親切。ただ、あまり使用していないとのこと。入るとまず左手にこの住宅の目玉のひとつである天井高わずか1.4mの書斎1が目に入る。ここは法規上は床下収納。内部は黒く塗られ、スタジオのミキサー室のような雰囲気。中に入ると広さがあるせいか窮屈な感じはしない。キャスター付きの椅子に座れば、思いのほかコージーな仕事空間である。側面から採光があるからかもしれない。ちなみにここは空調なし。

右を向くと、真ん中に四角いテーブルが作り付けられたダイニングキッチン空間。キャンチレバーで天版が浮かんでいるからか、ここも狭さは感じない。働きやすそうなキッチンである。洗濯物はここから玄関を出て、アプローチ階段奥に隠されたベランダで干すとのこと。これもアイデア。このヘッドクォーター的空間と書斎1上部のリビングとの段差約1.5mが絶妙な寸法である。なんとなくつながっているようでつながっていないワンルーム。こじんまりとした開放感という雰囲気だろうか。この曖昧な分節は魅力的である。

階段を数段あがると、その3mの天井高さのあるリビング。ここは部分的に2層吹き抜けのギャラリーのような空間で、いくつか椅子がある以外は何も置かれていない。照明もサッシュに取り付けられているだけ。白い壁は液晶プロジェクターのスクリーンを兼ねていて、ミニシアター風でなかなかの迫力。

ここからまた1m程度ステップを踏むと2階の水回りのボックスへ。踊り場から奥の白い書斎2へは路地を入る感じ。さらに階段をあがって最上階へ。リビングの上部に浮かぶ合板で囲われたボックスが主寝室。水回りの上部は予備室で、家族が増えた場合は区切って使えるように寝室からブリッジが架けられている。とまあ、簡単にいえば中央の鉄砲階段で部屋が振り分けられて3層積み上げられた住宅である。この建売住宅によくある効率の良いプランの一つの床をわずか1m押し下げるだけで、この素晴らしい空間ができているのだ。発明的な手法と言って良い。実際佐藤さんも、依頼されてから1年間も設計にかかったのは案がうまく納まらなかったからだと話されていた。まだ若い建て主はほとんど条件を出さず、おまかせであったにも関わらずである。

相当数のスタディーの結果産み出された発明であるのだろう。誌面ではこの立体的な空間の魅力はおそらく伝わらない。プランを見て驚いた階段の絶妙な取り方(特に玄関上部の収まり)は、非常によく寸法を練られた建築であることを示しているが、これもまた図面からは読み取りにくく、実際にも寸法的苦労を感じさせない。

平面を固定し、断面のスタディーによって設計がされたという意味で、立体的に部屋を置いていったイメージ。Arupの金田さんによる構造は、無理なくそれでいて非常に薄いスラブと透明な階段を作り出しており、そのわずか数センチの差が、ボックスの浮遊感を見事に作りだしている。

この「中野の住宅」は、天井高7mの大空間に木で囲われたボックスを浮かばせ、それらをグレーチングの階段でつないだ建築なのだが、むしろ床レベルをわずかにずらすだけで新しい建築ができあがるというという当たり前の事実を再確認させてくれた建築であった。つまり、寸法と身体の結びつき方だけで、住宅スケールの建築ではガラッとその様相が変わってしまうのだという事実。だから、僕には「折りたたまれたワンルーム」というより、「展開されたワンルーム」といった方がしっくりくるし、ワンルームの平面を分割し宙にふわりと浮かせていった半重力的建築であるようにも思えたのである。(吉松秀樹)



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